交通事故⑥

ドクターヘリに乗り込むと、まずシートベルトやヘッドホンの説明を受けた。

ヘリ操縦士「ここを押すとシートベルトが外れます。ヘッドホンですが、何かお話ししたい時はこのマイクを口元に持って行き、できるだけ大きな声で話してください。マイクの必要がない時は下に下げておいてください」

先生「Aちゃん辛い所ない?痛みはどう?」

Aちゃん「痛みは大丈夫。でもすごく寒い…寒い…」

私は全然寒さを感じていなかった。

Aちゃんが感じている寒さは体温が下がってきているとかそういう類のものなのかと、不安で仕方なかった。

ヘリ操縦士「それでは出発します」

先生「Aちゃんこんなのしかなくてごめんね。しばらくこれで我慢してね」

そういうと先生は自分が着ていたジャンパーをAちゃんにかけてくれた。

なるべくAちゃんが寒く無いように、ジャンパーの端を担架に食い込ませてくれた。

それがすごく嬉しかった。

私はAちゃんに触れない。どこを動かして良くてどこを動かすとダメなのか分からないから。

パニックになっていたけれど、そこだけは初めから冷静だった。

事故現場の救急隊から「かなり跳ね飛ばされている」と聞いていたので、少しのズレで脊髄が損傷するかもしれない。自分の気持ちでAちゃんに障害を負わせる訳にはいかない。

でもAちゃんの顔に触れたかった。痛いと言っている所をさすってあげたかった。何より抱きしめたかった。

ヘリの中でも先生は何度も「名前と生年月日言える」と聞いていた。

分からないながらも意識の確認をしているのだと思った。

しばらくすると今まで目を開けていたAちゃんが目を閉じた。

私はパニックなって「Aちゃんが…Aちゃんが…目を閉じてる…」と騒いだ。

ヘリ操縦士から聞いたヘッドホンの説明など何の役にも立たず、マイクを口元に持って行く事も無く、涙が出てただただ「Aちゃん…Aちゃん…」と叫んだ。

先生がAちゃんの肩をそっと叩いた。

先生「Aちゃん大丈夫?お母さんすごく不安がってるから、お母さんの事見てあげて」

Aちゃんがこっちを向いた。

先生「お母さん、Aちゃんは大丈夫ですよ。少し目を閉じただけです」

私「すみません。Aちゃんが急変したのかと思って…」

ヘリは15分ほどで搬送先の病院近くの公園に着陸した。

私が先にヘリを降りると、また離陸時同様救急車が3台ほど待機しており、救急隊員がブルーシートを持ってヘリに駆け付けた。

救急車に移動すると、搬送先の先生と看護師がAちゃんの処置を始めた。

搬送先の先生が来ているので、ドクターヘリの先生は同乗しなかった。

私が事故直後すごく不安になっているのを、優しい言葉で励ましてくれた。

Aちゃんに優しくジャンパーをかけてくれた。

なのにお礼の一つも言えなかったことを今でも後悔している。